AIがさまざまな作業を代わりにこなしてくれるようになれば、人間は何を学ぶ必要があるのでしょうか。これまで当たり前のように教えられてきた知識や技能も、その意味を問い直される時代になりました。今回は、AI時代に基礎を学ぶことの価値について考えます。
目次
- 勉強には「脳トレ」としての意味がある
- 知らなければ、「面白い」ことにも気づけない
- AIが読み書きを助けてくれる時代に、何を学ぶべきか
勉強には「脳トレ」としての意味がある
「AIにやらせればいいじゃないか」。これは、これから学校の先生や親が、生徒やこどもから何度も投げかけられる問いでしょう。AIが文章を書き、計算し、翻訳し、プログラムまで作るようになれば、「本当に自分でできるようになる必要があるの?」という疑問や主張には、かなりの説得力があります。
昔から、「微分積分を勉強して、社会に出て何の役に立つんですか」「三角関数なんて一生使わないのに、なぜ勉強するんですか」という問いはありました。確かに、そのような知識を直接仕事で使わない人はたくさんいます。AIがさまざまな作業を引き受けるようになれば、こうした疑問はさらに増大するでしょう。
私は、学校で勉強することのある部分については、一種の「脳トレ」としての意味があると考えています。筋力トレーニングでは、鉄の塊を上げたり下げたりします。鉄を持ち上げること自体が人生の目的ではありませんし、その行為自体に深い意味はありません。ただ、それによって筋肉が鍛えられるからやる。学習にも似たところがあります。
数学を学べば、それまでとは違う論理的な考え方ができるようになる。外国語を学べば、自分が普段使ってい言葉とは違う言語や思考の構造を身に付けられる。プログラミングを学べば、物事を定義し、筋道を立て、結果を出す流儀を修得できる。学んだ知識を将来そのまま使わなくても、学ぶ過程で頭の働かせ方が変わる。それが「知的な基礎力をつける」ということだと思います。

もちろん、勉強の目的が「脳トレ」だけだというわけではありません。知識や技能の習得そのものにも価値があります。ただ、AIが答えを出してくれるからといって、自分で苦労して考えたり、試行錯誤したりする経験が無駄で不要になるわけではない。そこは区別して考える必要があると思います。
知らなければ、「面白い」ことにも気づけない
もう一つ重要なのは、基礎を知らなければ、何が面白いのかがわからないということです。
将棋の駒の動かし方を知らなければ、プロ棋士の一手を見ても、なぜ観客が驚いているのかわからない。少しルールを知り、定跡を知り、普通ならどう指すのかを知るから、「これはすごい」と思える。基礎的な知識が増えることで、それまで見えていなかった面白さが見えてくるのです。
学問も同じです。数学も、歴史も、文学も、科学も、少し基礎を知ることで初めて見えてくる面白さがあります。何も知らず興味を持つきっかけさえなかったことでも、試しに少し学んでみると意外に面白いと感じられるようになることもある。
私は学校の勉強を、ある意味では決められた場所を巡回するツアーのようなものだと思っています。「まずここへ行き、次はここへ行き、その次はここへ行く」というコースがあらかじめ組まれている。自分で好きなところへ行くことができる自由旅行ではありません。でも、最初から自由旅行をしろと言われても、何があるのかを知らなければ、行き先そのものを選べない。
ツアーでいろいろな場所を見ていく中で、「これは面白い」「自分はこれが好きかもしれない」と気づいたり感じたりことがある。そして、興味を持った場所には、次は自分で行って自由に探究してみたくなるかもしれません。
学校の勉強にも、このような役割があるのだと思います。誰もが、最初から自分の興味や関心がはっきりしているわけではありません。いろいろなことを学んでみるからこそ、自分が何に興味があるのか、何をもっと知りたいと思うのかが、少しずつ見えてくる。

前回は、AIによって何でも作れるようになっても、「何を作りたいのか」がわからないという問題を取り上げました。そう考えると、学校で幅広いことを謂わば「強制されて」学ぶ経験は、自分のやりたいことや興味のあることを見つけるために、それなりの意味があるのではないでしょうか。
基礎的な教育は、そこで得られた技能や知識を、将来の仕事や生活の中で使うためだけにあるのではありません。「自分が何を面白いと思える人間なのか」を発見するための下準備としての役割も少なからずあるのです。
AIが読み書きを助けてくれる時代に、何を学ぶべきか
では、基礎を学ぶことに意味があるのなら、これまでの学校教育をそのまま続ければよいのでしょうか。私は、そのような単純な話ではないと思います。AIが社会の隅々まで行き渡り利用される中で、「何をどこまで自分で身につける必要があるのか」という新たな課題も生まれているからです。