私と同年代の人はよく知っているでしょうが、日本のシンガーソングライターの草分けで、長谷川きよしという盲目の歌手がいます(注1)。彼は現在、京都に住んでいますが、この10月15日に、代官山のライブハウス「晴れたら空に豆まいて」で喜寿記念のライブコンサートを開きました。若かりし頃ファンだった一人として、私もこのライブを聴いてきました。

独立して都内で暮らす我が娘がこのライブ企画に気付いて、100席限定で最後に残った3枚のチケットを滑り込みセーフで購入し、長谷川きよし好きの父と母を招いてライブを一緒に聴くという「親孝行」をしてくれました(親バカ発言ご海容されたし)。彼の衰えを知らぬギターのテクニックと声に感動しました。客席は中高年が中心でしたが、我々のような年寄だけでなく、我が娘のような若い世代も彼の演奏と歌唱に圧倒されていました。

生涯現役を貫こうとするこの5歳年長の歌手から私がもらった元気を、皆さんに「おすそ分け」したく、一筆します。以下の記述のうち、長谷川きよしのライフ・ヒストリーに関わるものは、彼の自伝『別れのサンバ――長谷川きよし 歌と人生』(旬報社、2024年)によります。

別れのサンバ 長谷川きよし 歌と人生 - 株式会社旬報社 働く、学ぶ、育てる、暮らすなどがテーマ出版社
孤高のシンガーソングライター長谷川きよしの音楽人生 長谷川きよし 著

(注1)「めくら」は明らかに蔑称だが、「盲目」や「盲人」まで差別用語とみなし、「視覚障害(者)」という言葉で置換する「ポリコレ(政治的適切性)語法」がある。私は行き過ぎた「言葉狩り」は差別を解消するよりも隠微化するだけと考えるので、「めくら」は使わないが「盲目」や「盲人」という語は使っている。因みに、欧米では「視覚障害」にあたるvisually-handicappedや、visually-disabledもいまや差別用語とみなされ、visually-challengedなどという不思議な言葉が使われている。この語もいずれ駆逐され、別表現に変わる可能性がある。


目次

  • 指先に目をもつギターリスト
  • 長谷川きよしはシャンソン歌手である

指先に目をもつギターリスト


私が若い頃、彼のヒット曲である「別れのサンバ」や「歩きつづけて」、加藤登紀子とのデュエット「灰色の瞳」などを、自分でもギターを抱え、コードだけをガチャガチャとストロークでかき鳴らしながらよく歌いました。長谷川きよしのギタープレイはもちろん「ガチャガチャ」ではなく、フラメンコやラテン音楽の一流ギターリストのレベルにまで洗練されたもので、ギター演奏のソロだけでも十分聴き応えのあるものです。

彼のギタープレイは素人に真似できないだけでなく、プロのシンガーソングライターたちの間でも抜きん出たものでした。何十年も前に聴いた彼と井上陽水とのラジオの音楽対談番組で、長谷川きよしが「この曲のギター伴奏は陽水さんには無理だから、僕がやります」と言ったのに対し、陽水が笑って納得していました。長谷川きよしのこういう発言が何ら嫌味に感じられないほど、彼のギターリストとしての卓越した技能は衆目の一致するところだったのです。これはいまでもそうでしょう。

この抜群のギター演奏力のゆえに、一時期、「長谷川きよしは、本当は目が見えるのではないか」という疑いが週刊誌で広められたこともありました。これは「指を複雑に動かす楽器の演奏をあんなにうまく盲人ができるはずがない」という偏見に基づく誤報でした。彼は先天性緑内障で2歳のときに失明し、光はぼんやり見えるもののかえってそれが痛みをもたらし、その痛みを除く手術をした後も視力は回復しませんでした。学校は東京教育大学付属盲学校に通いました。

ウクレレから始めてギターに関心を持ち、小学校4年のころからギターのレッスンを受けました。譜面が読めないので、テープレコーダーで曲を何度も聞いて、ギターで音が再現できるように練習したとのこと。運指法よりも再現音の正しさを重視するレッスンだったようです。ギターの指導者は途中で、より本格的な指導者に変わりますが、視覚の欠損を聴覚と指の触覚で代替させるその練習は並大抵のものではなかったはずです。しかし、もともと歌好きだった彼は、学校から帰ると毎日何時間もギターを弾きながら歌い続ける生活を続け、それを楽しんでいたとのことです。

長谷川きよし 若い頃の写真(https://columbia.jp/artist-info/hasegawakiyoshi/prof.html)


ルソーは1762年、いまから260年以上前に刊行された教育論の古典である著書『エミール』の中で、子どもの視覚だけでなく聴覚・触覚など感覚全般の発達を促す必要性を説く文脈で、盲人が聴覚や触覚を視覚に代替するほど鋭敏に発達させていることに触れています。そして暗闇でものが見えなくなる「健常者」について「わたしたちは一年の半分は目が見えなくなるのだ」として、真夜中でも歩ける盲人の能力に触れた後、健常者も灯りがあれば夜も歩けるという愚劣な反論に対し、「わたしとしては、エミールが指の先に目をもっているほうが、それをろうそく屋から仕入れてくるよりましだと思っている」と述べています(今野一雄訳『エミール』(上巻)岩波文庫、1962年、220-221頁)。

今回のライブで、長谷川きよしの抜群のギタープレイを聴き、かつその指使いを見て、私はこのルソーの言葉を思い出しました。彼を「指先に目をもつギターリスト」と呼んでも失礼ではないでしょう。いま、辻井伸行など、世界的に活躍する「盲目のピアニスト」も登場し、盲人の楽器演奏力の高さが広く認識されるようになりました。ルソーの洞察から2世紀半経って、やっと人類は盲人への偏見を是正しつつあるようです。

ただ、長谷川によると、メディア関係者の中には、「盲目のミュージシャン」として彼を賞賛しながら、視覚障害を克服した点だけを重視し、彼の音楽そのものの独自性・価値に関心を払わない逆方向の差別をする者もおり、彼としてはそちらの差別の方に怒りを感じているようです。

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長谷川きよしはシャンソン歌手である

 
フォークソングが一世を風靡した時代に、多くのフォーク歌手と同じくシンガーソングライターとして長谷川も世間に知られるようになったので、彼をフォーク歌手とみなす向きもありますが、これは全くの誤解です。フォーク歌手たちとコラボもしてきましたが、彼の「原点」はシャンソンです。「え?」と思う人もいるでしょうが、なんと、長谷川はまだ高校生のときに、日本の多くのシャンソン歌手が拠点とした銀座の有名なシャンソン喫茶「銀巴里」で歌手デビューしたのです。

銀巴里(ウィキペディアより https://ja.wikipedia.org/wiki/銀巴里)